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逃避日記Index


Lawrenceの時間と気温
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March 20, 2007 「歯が、歯がぁ!」

10万人に一人の割合で、一部永久歯が生えてこない人がいる。
はい、私でーっす。

19歳のピチピチだったころ、いきなり前歯が一本ぐらぐらと動き始め
そうこうしているうちに・・・抜けてしまった。
アワアワしながら歯医者さんに行ってレントゲンをとってもらったら
「抜けたのは乳歯で、永久歯はありませんねー。ちなみに反対側の同じ歯もそのうち抜けまーす。こっちも永久歯はありませーん。」
ということだった。
にゅ、乳歯だったの?

その時入れたブリッジは10年以上経って老朽化し、
カンザスの歯医者さんで、オールセラミックスの新しいブリッジを入れ
ついでに、奥歯の金属の詰め物も全部白いものに変えてもらった。
保険が利いてもものすごく高額な治療だったのだけど、
そのころたまたま、結構大掛かりな訴訟問題でこれまた結構な額の示談金をもらったばかりだったので
その一部を治療に当てて、後はローンでなんとか払った。

ちなみに、 そこの歯医者さんの壁には私の「アフター」写真が額入りで飾ってあります。

それなのに、
治療の一貫として、定期的なチェックアップが必須であったにもかかわらず
その頃博士修行が始まったばかりで諸々の問題で頭が一杯だった上に
また何か悪いところが見つかって多額の治療代がかかったら・・・と思うと
怖くて歯医者さんに戻れなくなってしまった。

そしてそのツケを払う時がとうとうやってきた。
今年に入って片方のブリッジが何だかぐらぐらしてきたので
ものすごくドキドキしながら予約をとり
何年かぶりに歯医者さんに行ってみると

「じーな!全然来ないからもう日本に帰っちゃったのかと思ってた!」

とちょっとした騒ぎになり
色々検査した結果(CTスキャンまで取った)
ブリッジの中の歯が一本ダメになってしまっているということだった。

そして与えられた3つのチョイス。

その1: 何もなかったことにする 
その2: もっと広範囲のブリッチを入れる (=健康な歯をもう2本犠牲にする)
その3: インプラント治療 (ベストな選択&めちゃくちゃ高い)

私がまだ学生だったら、その1を選ぶしかなかったけれど
これは一生にかかわることだし
あとで後悔したくないと思い、
「そ、そ、その3でお願いしま・・・しま・・・」
と小さな声でお願いしたあと詳細な見積もり金額を聞いて驚愕。

驚愕。
驚愕。
一瞬違う世界に逃避した後、我に返り再び驚愕。

でも、私はもう学生ではなく自分のことは自分で世話していかなきゃならないんだし
やるなら今しかないと自分に言い聞かせて
5年ローンを組みました。
5年後果たしてここにいるのかわからないけどとにかくそうするしかなかったので。

先生に、「で、この夏は日本に帰るの?」と聞かれ
「えーと、それは今回の治療代がいくらになるかによって決めようと思ってました」と答えると先生は

「君のご両親は、君が日本に帰ることより歯の健康を選んだことを誇りに思うだろう」と

仏のような穏やかな顔でおっしゃいました。

というわけで、お父さん、お母さん、この夏は帰れないかもしれないです・・・




March 16, 2007 
つべこべ言わずに。

MSちゃんと感動の再会。
半休を取って、昼間っから二人ででシャンパンのボトルを空けました。
オトナのハッピー泡〜。

外国で仕事をするって(しかもこの分野で)色々大変だけど
とりあえずやるしかないよねーハハハー
とお互いを労い合い、
MSちゃんの仕事ぶりを聞いて私もがんばらねばと思いました。
お年頃(いつも)な話もできてよかった☆

っていうのが昨日(木曜)で、今日金曜は普通どおりお仕事。
最近私を悩ませているのが、
以前「英語に自信がないので電話に出ません」問題があった、韓国人留学生ラボ員のケイちゃん。
彼女は聴覚学のPhD生で、アメリカに来て2年。 歳は私と同じ。
確かに英語にハンディはあるけれど、真面目で頑張り屋さんなので、成績は良いと聞いている。
ただ、その真面目&完ぺき主義な性格ゆえ、

「英語ができないから・・・」
「ネイティブの人と違って私は・・・」
「この仕事は私ちょっと自信ありません・・・」

ていうのが非常に多くてですね、
それを言われちゃあ、特にネイティブの人々は何も言えなくなるのですね、
「お察しします」
というしかないと思うのです。
だから、ラボ員たちはみんな優しく丁寧に教えてあげたり仕事を変わってあげたりしているみたい。
それはまあ良い。

んでもって、私は同じ外国人(アジア人)ということで相談されたり共感を求められたりすることが多いのですが
何かにつけて「英語ができないから」「カルチャーが違うから」という枕詞がつく話に
かなりイライラしちゃっているわけなのです。

今日は、あと10分で被験者親子に会いにいかなきゃいけないという時に、
しかも、パソコン上には「車のバッテリー上がっちゃった!へーるぷ!」みたいな切羽詰ったメールが届いてる時に

「じーな!聞いてくれる?今日授業でプレゼンがあったんだけど、やっぱり私英語的にアレだからもう落ち込んじゃって、
かなりエモーショナルになっちゃってー、アメリカ人のクラスメートに、『私、なんかエイリアンな気がする』っていったら
『そんなことないよー』っていってくれたけど、結局ネイティブにはこの気持ちわからないのよね。はー(ため息)」

と始まってしまい
ここで、ネイティブの子達だと、
「そうかー。でもすごいよ!私なんて母国語でこんなに大変な思いをしてるっていうのに、ケイはそれを外国語で!」
とかなんとかいうのが典型的かつ模範的なな返答の仕方なのだけど
まあ私は外国人なので、
「そうだよねー、大変だよねー。まあ留学生はみんな通る道だもんねー。がんばって乗り越えて!」
とかなんとかいって励ましつつ、パソコンの返事を書いたりセッションの準備をしたりで
バタバタ忙しそうにしてみたりもする。

それでも止まらないケイちゃん。
「もうちょっと話してもいい?だってやっぱり言語のハンディがあるとなんちゃらかんちゃら・・・文化も歳も違うしどーちゃらこーちゃら・・・私すごく浮いてる気がしてむにゃむにゃむにゃ」

この時点でイライラの頂点に達した私は

国へ帰れ

と心の中で冷たい一言を発しつつ、「でも、それを言ってちゃ始まらないって言うか、まあ大変なのはみんな同じだし」
とニコニコ返答。

ケ 「するってーとなに?やっぱりじーなにもそんな時期があったの?どうやって乗り越えたの?教えてー教えてー」
じ 「そりゃあ、私だって最初に来た時は英語すごくダメだったし、落ち込むことなんてしょっちゅうで今だってそんな時あるし」
ケ 「えー!?そうなの?それを聞いてちょっと安心。でも、みんなどうしてそういう苦労話をシェアしてくれないのかしら・・・」

じ (もう限界)
「なんでかっていうと、それをいっててもしょうがないからじゃない?英語ができたってできなくたってやらなきゃいけないことは同じだし、
私だって、例えば親とかディレクターとかとの電話でネイティブの同僚みたいにうまく話せなくて落ち込むことがあったり
発表中頭の中真っ白になった時に母国語だったらうまく切り抜けられるのに、って思うとき今でも沢山あるけど
そういうことを言い始めたら何もできなくなっちゃうし、そこは自分の中で受け止めて、
少しでも向上できるように与えられた仕事をやっていくしかないと思うの〜。」

顔はニコニコしながら、一気にまくしたててみた。
言いながら、MSちゃんのことを考えていた。

言語ってそういうもんだと思う。
苦労せずにどんどんできるような人もいれば、コツコツやっているのに成果がでないっていう人もいる。
もともと理不尽なモノなのよ。


歳のこともあるだろうし、来て2年、3年目って、実は来たばかりのときより大変だっていうのも知ってる。
もちろん落ち込んだ時は友達に話して発散すればいい。
留学生だからといって理不尽な扱いを受けたり
「ほんとにもう限界」って時は、それを伝えて対処してもらえばいい。

ただ、埒があかない弱音は、吐けば吐くほどそこから抜け出せなくなるのよ。
「英語ができない」と言い続けることによって英語ができるようになるわけじゃないのよ。

たまに気の合う友達とお腹いっぱい食べたり飲んだりしながら
「ふざけんじゃねー!」とかなんとか日頃の毒を一気に吐き出したら
あとはつべこべ言わずに黙々とやるのが
かっこいい留学生の姿ではないかと私は思うのだけれど
いかがざんしょ?



March 13, 2007 新旧色々

ばったばったと忙しい日々を送っておりました。
先週は、発達言語学部の公開セミナーに呼ばれプレゼン。
言語学部に比べて、ここの聴衆(主に教授陣)は中々タフなので
予想される様々な質問に備え、データをがちゃがちゃといじくる毎日。
それにしても、エクセルのマクロ機能は便利!
マクロ自分で作ってデータが自動的に処理されていくのを眺めては
「私ってスゴイ・・・」
と自己満に浸れるのが嬉しい。

修士時代にものすごくお世話になった教授ご夫婦が見に来てくださっていて
思いがけなかったので嬉しさと懐かしさでちょっと「うぐっ」となりました。

その前日は、くらげさんと3年ぶりに再会したり。
そして今週は、MSちゃんにも会える!

昔から知っている人に会うと、ホッとします。

昨日は言語学部の公開セミナーで、日本からゲストスピーカーとしていらっしゃった先生の発表。
そのあとアリソン(←言語学部のほうのラボのボス)のお家でレセプション。
言語学部は和気藹々としてて和みます。
アメリカー!白人〜!っていう感じの言語聴覚学部と違って
インターナショナルなバックグラウンドを持つ人が多いからか?
あと、最近若手の先生が何人も入ってきているっていうのもあるのかしら?

そういえば、私がどんどんアメリカンになっていったのは
博士課程で言語聴覚の方に移ってからだったような気がする。
一生懸命周りに合わせているうちに、急速にアメリカナイズされてしまったように思う。
いつも外国人扱いされるのに慣れてしまったけれど
昨日の言語学部のパーティーではそういう特別感がなくて
人種や言語や文化の格差が自然に埋まるような雰囲気に
これまたホッとしたのでした。

偶然にも一週間のうちに新旧たくさんの人に会って
久々にイケイケな気持ちになり、鼻息を荒くしております。




March 7, 2007 
今日のジミ弁

んんー フォクシー レイディ♪ イェ

 

ブロッコリの占める割合が大きめだけど
色は鮮やかになってちょっと進化した感じ?




March 6, 2007 
この勢いはいつものパターンだ

ジムの会員権を張り切って更新してきました。
更新しただけで今日のワークアウトが終了したような、そんな達成感に包まれました。
それでも翌朝張り切って、朝の5時半の開館とともにジム入りし
30分間ひたすら坂道を歩く運動をしてきました。
家に帰ってすぐ犬の散歩をし、シャワーを浴び、ご飯を食べ。地味弁を詰めて
仕事についたとたん、グッタリ・・・

一日中ダルさと戦いながらやっと仕事を終え
家に帰るもごはんを作る気力もなく、外食。
帰って来て24を観て、9時に就寝。
翌朝寝坊。もちろんジムへ行く時間なし。

体力がないからこうなるのだけど
ジムにいかないから体力がないのだ。
なんとも鶏と卵な状態。
むにゃむにゃ。



March 1, 2007 
雷が鳴ると人の頭の上で寝たがる犬の図(特大版)

昨晩は結局以下のような状況により
あまりよく眠れませんでした。