Teaching Assistant 時代
言語学の修士課程にいたころ、カンザス大学で日本語のTeaching Assistant(TA)をした。
もともと日本語教授法を学びたくて大学院に入ったのだけど、
言語学のクラスを取るうちに理論の方に興味が移り、Educationからは気持ちが遠のいていた。
がしかし。
お金が必要でした。
いつまでも学費を親に出してもらうわけにもいかないし、結婚したはいいが相手は学生ローン他をかかえる貧乏なアメリカ人。
学業と両立しながら自活するべく、学費免除+サラリーの出るTAの仕事に応募する。
そして「先生」になった25歳の夏。
それから結局6年もやってしまった。
結果、色々な経験をさせていただいたし、ものすごく勉強になった。
いやでも最初の頃はナメられましたよ〜。
生徒と大して年が変わらない上、新米教師だったあの頃。
例えば、一年生のアクティビティーで、「絵スチャー」をやった時のこと。
お題は「水」。
そして、クラスの中でも一際やんちゃな男子生徒が黒板に描いた「水」の絵は、
ピーーーー (←放送禁止用語)
だった。
その頃の私はまだ若く恥じらいがあったため、家に帰って、先輩のTAに泣きながら電話した。
先輩は、「その生徒はきっとじーなさんのことが好きで、小学生みたいな態度で表現してるのよ」
と優しくなだめてくれた。
それから月日が経ち、少しは先生らしく(?)なった頃、ボビ(夫)が日本語を取ると言い出した。
その年は初級コースのレクチャーを担当することになっていて、初級レベルはそのクラスのみ。
よって、ボビは必然的に私のクラスを取ることになる。
それは大問題〜〜というわけで、教授に相談しに行った。
じ 「あの、うちの夫が日本語を取りたいと申しておりまして・・・。今年教えるクラスを中級に変更していただくことは可能でしょうか?」
教授 「えーっと、それはもう無理なので、じーなさん、そのまま初級クラス教えちゃってください。でも、ご夫婦であるという事実は他の生徒に知られないように気をつけてくださいね。」
えー、ローレンス、小さい町なんですけど!バレるのは時間の問題だと思うんですけど・・・(汗)
でも私は楽しんだ。
クラスの余談タイムに、「きのうもうちのオットがあーでこーで」 → 一同爆笑 → 一人笑っていないボビをみてニヤリ。というのがクセになってしまった。
そしてボビもまた楽しんだ。
ボビがじーな先生の夫であるなんて夢にも思わない生徒さんたち。
ボビとの無防備な会話が繰り広げられる。
男子生徒A 「じーな先生のお尻は小さすぎる」(注: こんな上品な言い方ではなかったと思われます)
ボビ 「だねだねー(ニヤリ)」
男子生徒B 「じーな先生なかなかホット」
ボビ 「そーかなー?(ニヤリ)」
そして、やはり来るべき時は訪れた。
授業前に廊下でクラスメート(男子)と雑談をしていたボビ。
何かの拍子でお財布がぱかっと開いた。
そしてそこには、じーな先生の写真が。
クラスメート(男子)最初の反応: 「はい???」
クラスメート(男子)30秒後の反応: 「ちゅーことはあれがこーであれもそれなわけ??なわけ??」
・・・しばし妄想
クラスメート(男子)1分後の反応: 「まじで〜〜〜〜!!??」
・・・いろいろ回想中
クラスメート(男子)2分後の反応: 「うぎゃーーー!あの時言ったあれやこれやまじあれ本気じゃないから!ごめんなさい!すいません!」
ボビ 「え、全然いいけど、誰にもいわないでねー(ニヤリ)」
クラスメート(男子) 「い、言いません言いません約束します」
その日からその生徒の授業態度が一変したのは言うまでもありません。
そしてセメスターが終わりにさしかかるころにはクラスのほぼ全員にバレていた。
それは、先の男子生徒がバラしていたからではもちろんなく、
小さい町ローレンスのあっちでバッタリ、こっちでバッタリ、生徒と遭遇しまくっていたから。
そしてその度に上記の会話が繰り返され・・・。
というわけで、6年間でかなりの人数を教えたが、この年の生徒さん達が一番印象深い(お互いに)。
なんだかんだ言ってみんな静かにあたたかく見守ってくれた。
ボビはその時のクラスメートと今も親友である。
えっと、先ほども書いたように、TAをさせていただいてほんとに色々勉強になりました、
ということをもっと書こうと思ったのに話が逸れてしまった。
なので、このコラムのタイトルは「TAのススメ」にしようと思ったけど「時代」に改名。
「ススメ」バーションはまた次回に!